あなたを幸せにするジブンノモノサシ
 

特別教室72 盆栽家 加藤文子 「毎日、庭で答えをみつけている」レポート

[講師]
加藤文子

[講義内容]

5月の特別教室は、盆栽家・加藤文子さんをお招きして、熊澤酒造mikichi wurst cafeにて開催しました。

那須のご自宅で毎日お庭の植物たちと向き合いながら、どんなことを感じ・考えていらっしゃるのか、加藤さんの貴重な思いを沢山お伺いすることができました。

まずは、春・夏・秋・冬の季節ごとのお庭の様子や、植物をピックアップしたお写真を、スライド気ご紹介いただきながら、どのようなことに気をつけているのか、この季節はこんなことがあるなどの細かな体験談などをお聞かせいただきました。

盆栽家さんのご自宅を覗くというのはなかなかない機会ですので、みなさんとても興味深そうでした。

季節によって全く顔を変えるお庭の情景も、各季節ごとの美しさがそれぞれありとてもきれいなものばかりでした。例えば、冬は枯れていたり、色が少なかったりするのですが、ちょっとした芽や、お花のような葉っぱが生えてとても嬉しかったりするといったような小さな喜びが大きく感じたりもできる。そんなお話をされる加藤さんは、とても穏やかで幸せそうでした。「春の様子を思い描きながら、冬のお仕事をするのがとても好きです。」と語る加藤さんが印象的でした。

植物には、毎日必ず触れてあげ、「しなくていいこと」を考えているのだそうです。

そういった点も、「こうあるべき」と考えたり「こうしたい」ということを目的とした盆栽とは正反対のお考えであり、変化を受け入れ、今あるものを喜ぶことで生み出しているのが加藤さんの盆栽であると再認識することが出来ました。

「生きているものを相手にするとき、マニュアルのようなものはあるのだろうかと考えるんです。」と仰る加藤さん。盆栽も歴史を紐解けば、もとは遣唐使や遣隋使が、庭ではなく居住空間のしつらえの一つとして持ち込まれたことが始まりであり、針金で形を作るようになったのは、生産性が必要とされるようになった明治時代からであり、もとは自然の一部を切り取ったものだったのかもしれないですね、と語られます。

限られた空間の中で育てる人の思いをどう植物に投影させるかという盆栽の世界。その方の思いを観る方が本当に美しいと感じるかどうかということが重要ですが、加藤さんがなぜご自分が従来の盆栽にその美しさをほとんど感じられないのかはわからず、それを知りたいからこそ植物を育てるのだそうです。

加藤さんにとって植物は、「育てているようで自分が育ててもらっているっ大事な存在」。

加藤さんの生き方は、盆栽そのものだけでなく、生活やあらゆるものが繋がっていて、思いも、選択するものも全てがフラットで比較せず、あるものを受け入れていらっしゃるのだと感じました。

そういった感覚はこれから、私たちにとても必要なものではないかと思います。

[暮らしの教室から 3つの質問]
■加藤さんのターニングポイント
生まれ持った足の障害によって「それならば!」という方向へ向かせてもらえたこと。例えば、19歳で行ったヨーロッパの旅など。
■幸せのモノサシ
植物を通じて幸せな時間を持てること。例えば、今回の講演会もその一つです。
■これから望む社会

自分のことが好きでいられる・正直でいられる社会。一人一人がそのように生きられたら、比較もなく、争いも起きないのではないかなと思います。

 

加藤さん、ありがとうございました!